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2011年バックナンバー

2011年1月21日(金)[日本経済新聞朝刊] 2万4000年前に人骨 沖縄・石垣島の洞穴遺跡 国内最古の可能性
 国内最 古の旧石器人骨の発見された沖縄県石垣島の白保竿根田原洞穴から、さらに古い人骨片が見つかった。同洞穴を調査していた沖縄県などの調査委員会が、20 日、同県西原町で開かれ、米田穣・東大大学院准教授から2.4万~2万年前の地層から新たな人骨片発見の報告があった。
 同洞穴から出土していた人骨は、すでに骨そのものの放射性炭素が測定され、2万~1.5万年前の年代値が確認されていた。今回の測定は新発見人骨の同一層位の木炭からだが、最古の記録がさらに遡る可能性が出てきた。
 また同委員会で、より新しい地層から人骨片約300点が見つかったことも報告された。

2011年1月28日(金)[朝日新聞朝刊] ヒト、12万年前にアラビア半島へ 5カ国調査団 南ルートの移動時期判明
2011年1月28日(金)[日本経済新聞朝刊] 人類の広がり 新ルート 12万年前、紅海渡る
 現生人類ホモ・サピエンス(解剖学的現代人)の出アフリカと旧世界への拡散は、従来観の6万年前よりさらにさかのぼる可能性が高くなった。
  イギリス、ロンドン大のサイモン・アーミテイジ、オックスフォード大のエイドリアン・パーカー、アラブ首長国連邦(UAE)の5カ国共同研究チームが、米 科学誌「サイエンス」11年1月28日号で発表した。チームは、UAE東部のジェベル・ファヤ遺跡で03年から10年にかけて発掘していたが、12万年前 頃と推定される地層から東アフリカの後期MSA(中期石器時代)の石器によく似る石器群が発掘された。後期MSAは、このあたりの年代であり、地層は最終 間氷期(ステージ5)の特徴を示すという。
 古気候の分析から、当時のアラビア半島は現在より湿潤で、多数の植物に覆われ、湖と川が網状に広がっ ていただろうという。また最終間氷期には、アラビア半島とアフリカの角を分かつバブ・エル・マンデブ海峡は安全に通行できるレベルまで海水面が低くなって いたと結論付けている。解剖学的現代人による最初の出アフリカは、スエズ地峡経由でなく、引き潮などの際の紅海突破でなされたということになる。
 またこの間、東アフリカの解剖学的現代人に特別の進化があったわけではなく、出アフリカは主に気候変動の産物だろうとチームは見ている。
 これによりチームは、スマトラのトバ山の爆発前にすでに南アジアに解剖学的現代人が分布していたと推定している。

2011年2月4日(金)[朝日新聞夕刊] 石垣島の洞穴 調査終了 石器使わぬ旧石器人?
 沖縄・石垣島の日本最古の旧石器人骨の発見された白保竿根田原洞穴の本格的な発掘調査が昨年終了した。現在、出土品の精査中で、これまでに新たな旧石器人骨と見られる多数の化石も発見されているが、今回も旧石器が見つかっていないことが議論を呼んでいる。
 沖縄本島を含めて、沖縄県内の各所で旧石器人骨は見つかっているものの議論の余地のない旧石器は未発見だ。今回の調査でも旧石器の発見が期待されたが、達成されていない。
 そこであらためて沖縄旧石器人は石器を作らず、貝や竹、木で道具を作っていた可能性が浮上する一方、洞穴が生活が切り離された墓だったから石器が見つからないという解釈も出されている。
 本土はたくさんの旧石器資料が揃い、精密な型式学的編年や地域性なども確立されているのに、製作者である旧石器人骨は1カ所しか見つかっていない。対して沖縄は、旧石器人骨は各地で見つかっているのに旧石器が1点もない。
 この偏りは何なのか、解明が求められる。